2007年01月26日

ドザエモン

水死体のことでも、ぼくドラエモンでもありません。
土左衛門は、以前書いたゴローを拾ってきたときの先住犬でした。
実は私は、与左衛門という藤沢周平の小説にでも出てきそうな、大そうな名前をつけたのですが、友達が聞き間違えて、結局その聞き間違えた名前のほうがクラスで人気が出て、定着してしまったのです。

MIXとはいえ体にアイヌ犬の血を色濃く持ったドザエモンが、我が家に来たのは、生後半年くらいの頃でした。
フレンドリーだったゴローとは違い、とにかく気が強くて「家族以外はみんな敵」みたいな犬でしたから、番犬としてなら申し分ないのですが、家庭犬としては大変でした。
野性味たっぷりで、冬になるとパンやお菓子など、もらったおやつは全部雪の中に埋めてしまい、まるで狼のような遠吠えをよくしていました。
公民館で行われる狂犬病の予防注射に連れて行こうもんなら、誰彼なしにケンカを売り、1度などは、ドザエモンの全身から絞り出すあまりの気迫に、大きなシェパードまでが尻尾を巻いて、キャンと鳴いたほどでした。
今、考えると恐ろしいことですが、当時はしつけの仕方なんて全くわからず、いやそもそもしつけの意味すらわかっていませんでしたから、「オス犬なんてこんなもんだ」程度にしか思っていなかったのです。

天気のいい日曜日には朝4時に起きて、自転車に伴走させ、今ではもう国道と整備されたキャンプ場になってしまった山に連れて行ってやりました。
野生の塊みたいな犬ですから、山に入ってリードをはずすと、どこへ行くのやら30分は帰ってきません。
その頃はまだ珍しくもなかった、イタチやエゾリスを追い回していたに違いないのです。
時折、申し訳程度に「いるか?」と草むらから顔をのぞかせて、確認を終えると再び獲物を求めて、ガサゴソとどこかへ行ってしまうのが常でした。

高校を卒業し、明日は旭川を離れるという日に、もうしばらくは連れて行ってやれないだろうからと、日が暮れるころドザエモンとまだ雪の残るその山に行きました。
夜景というにはあまりにショボイ街の灯を、ちょっとセンチになりながら見下ろしていると、どうしたわけかその日に限って、野生の塊がそばから離れようとしませんでした。
体育座りをした私の横で、命令されてもしないはずの「お座り」をしたまま、かなり長い時間一緒に、遠くからの汽笛を聞き、空と街を眺めていました。
まさか、明日からしばらくお別れ、なんてわかっていたはずはありません。
ただ、物言わぬ犬にも感情は伝わるものだと、そのときに知りました。

私の「空」というHNは、このときドザエモンと一緒に見ていた、あの空なのです。


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ニックネーム 空 at 00:00| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする