2006年08月25日

貧すれば鈍す

うるま市にあるドッグカフェ「ぷち家」さん。
沖縄には犬連れで行けるお店が少ないし、ご好意で救助犬協会の募金箱も置いていただいたりしているので、たま〜にではありますが、花を連れてお邪魔しておりました。
この9月3日で閉店されるそうで、残念でなりません。

その「ぷち家」さんのブログを見ていて驚きました。
JALの「ペットとおでかけサービス」を利用して、不幸にも熱中症で亡くなってしまったフレンチブルドッグのビスコくんのことが紹介されていました。
詳しい内容については、ここで私が書くよりも、ビスコくんのブログをご覧いただくとして・・・・

1985年、当時、大学生だった私はJAL123便墜落事故の状況を、一晩中テレビにかじりつくようにして見ていました。
今でもよく憶えていますが、とても不思議だったのは、ライト兄弟の時代ならともかく、レーダーのある現代で、おまけに墜落直前まで管制塔と交信していた飛行機が、どこに墜ちたかわからない、ということ。
墜ちたのはどこか外国の海の上なんかじゃなくて、日本国内の陸の上なのに、です。
正直、そんなわけないだろ!?と思いました。

あとあとわかったことですが、わからないんじゃなくて、わからせたくなかったってことだったんですね。

なので、事故後自衛隊への出動要請もなかなかしませんし、現場上空から救助しかかった米軍さえ、何もさせないまま基地へと帰してしまいます。
ここらへんまでくると、ひとえにJALだけの問題ではなさそうですが、要は520人もの尊い命を犠牲にし、報道をミスリードしてまでも「我々に知られたくない何か」を守った会社ってことです。(このことについては、JAL労組のHPなどにもありますから、各自でお調べ、ご判断ください)

事故から20年以上経ったとはいえ、そんな会社がうわべだけ取り繕って「ペットとおでかけサービス」なんて言ったって、実際はろくな対応をしてくれない、というのを今回のビスコくんのことで思い知りました。
経営陣にしてみれば「株価が下がって苦しい中で、以前より安い金額で乗せてやってんだ。たかが犬の1匹や2匹、死んだくらいでガタガタ言うな」というのが本音でしょう。
そういう人達に、いくら飼い主の思いを説明したところで、悲しいかな、きっとロシア人にウチナーグチで語りかけるようなことです。

今年も「お前たちに会うより、花に会いたい」という北海道に住む私の両親のもとへ、9月に花を連れて行く計画を立てていましたが、もっと涼しい時期にして、直行便がなくても他の航空会社を利用しようと思っています。

ニックネーム 空 at 07:05| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
めったに怒らない空さんの事だからなんだ・・・と思いきや・・・

花を連れて北海道に行くという話を聞いた矢先で 私もびっくりです・・・

ビスコ君のブログを見させて頂きましたが
まさか 本当にこんなことが起こったなんて。ペットとおでかせサービス なんて、ちゃんとペットの事を分かっている人じゃなきゃ信用できなくなります。
ビスコ君のご冥福をお祈りします。
Posted by キャッシュのマミー at 2006年08月25日 08:29
そんな事件が昔にあったんですね。
何を守りたかったのか?って感じがします。
会社を?ですかね?やっぱり…

熱中症は普段でも気をつけないといけないですね。
私もぷち家さんのとこで見ましたよ。
私もマギと石垣に行こうと思ったのですが、もう少し涼しくなってからにします。
北海道旅行楽しみですね!
ところで、来月の泊り込み災害救助犬は行きますか?
Posted by ギママギ at 2006年08月25日 17:08
キャッシュのマミーへ
アメリカの航空会社はわりと親切って聞いたけど、どうなんだろう?
Posted by 空 at 2006年08月28日 06:57
ギママギ さんへ
山中訓練、行きますよ〜
でも、土曜日泊まれないので、日曜日早朝から出かけて日帰りします。
マギは泊まるの?
Posted by 空 at 2006年08月28日 06:58
JAL123便墜落事故があり 北海道に修学旅行で行くのが
往復寝台車で行くようになりました。
この事故は 事故の真相を隠してましたね。
いろいろ言われてますね。
国が秘密にしているようです。

転勤族のうちとしては 飛行機がやはり 交通手段なので
安心して乗れるようにして欲しいと願います。
Posted by り〜か〜 at 2006年08月28日 18:33
り〜か〜さんへ
事故調査委員会という名の、実体は国の出先機関が貴重な資料を全て廃棄してしまいましたね。
でも、やっぱりウソはどこからかほころびが出ます。

高校生当時、北海道にいた私は航空機事故はなくても、
修学旅行は急行→青函連絡船→寝台車→新幹線
と早朝に旭川を出発して京都に着いたのは、次の日の午後でした。
まだ青函トンネルは工事中だったのです。
一週間の旅行で現地にいたのは、中3日。
残り4日間はずっと移動でしたね。
時代を感じるなぁ。
Posted by 空 at 2006年08月28日 22:09